三国志を語る21

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    あいよ!団長です。

    赤壁にて曹操を撃退した孫権軍(と、一応劉備)でした。
    しかし、ボロボロになり命からがら逃げ出した曹操にとどめをさせず、曹操は許昌へ帰還します。

    孫権は曹操に支配された荊州北部(南郡)を支配下にするべく軍を出します。
    イエイケですなw
    そこで曹仁と一戦交えますが、この戦いで周瑜は傷を負い、この傷がもとで後に36歳の若さで亡くなってしまいます。

    一方、劉備はと言うと…
    荊州南部の制圧に取り掛かってました。
    そりゃあ、曹操の工作員として(あくまでも推測ですがw)各地を駆けずり回り続けてますからね。
    いい加減、自分の地盤となる土地が欲しくなるところでしょう。

    この荊州南部の攻略の際、反逆の罪で処刑されかかった黄忠と、それを助けた魏延が劉備軍に加わります。

    黄忠と言えば、中国には「老黄忠」という言葉があります。
    これは「老いて、なおも元気な人」という意味で、褒め言葉となります。
    が、実際、黄忠の年齢は分かっていません。
    一説では劉備よりも若かったのでは?と言われるほどです。

    まぁ、この黄忠と魏延。
    良くも悪くも、のちの劉備軍に多大な影響を与えることとなります。

    劉備軍に加わると言えば、他にも馬良という文官も仲間となります。
    この馬良は「白眉」という言葉で形容され、非常に優れた人の事をさす意味で使われます。
    馬良は5人兄弟の長男で、5人とも学があり非常に優れていると巷では評判の兄弟ですが、長男の馬良は最も優れているとのことで、彼の特徴である白い眉毛から「白眉」という言葉が生まれました。

    また、趙雲にもあるエピソードがありましてw
    桂陽攻略時に降伏してきた太守の趙範が、自らの兄嫁(未亡人)を「嫁にいかが?」と趙雲へ持ちかけます。
    しかし、趙雲は「あんた(趙範)は信服して降ったわけではないので信用できん!女は他にもたくさんいる」と言い放ち断ってしまいます。

    まぁねぇ、結婚に焦る未婚男性でもない限り、未亡人の兄嫁を紹介されたら普通は断りますわねw
    その点は趙範は失礼ですし、趙雲は的を得たことを言っていますね。
    てか、趙雲はそういう贈収賄を非常に嫌う人だったようです。
    そんな事をしなくても、感服した人には働いて返すし、同僚や部下は命がけでフォローする。
    それが趙雲の信念だったようです。

    さて荊州南部の平定も完了し、劉備は国力をつけるため奔走します。

    そんな折、益州の劉璋が「漢中の張魯が妙な秘密結社(五斗米道)を作って暗躍している。うちも負けられないから味方になってうちにおいで〜」と、劉備へ依頼してきます。

    更に、使者としてやってきた張松と法正は、「安愚の長・劉璋に代わり益州を治めてほしい」と劉備に申し入れます。

    「いやぁ、同じ『劉』さんだからねぇ…」と、またもやワケわからん理屈で悩み始める劉備でしたが、龐統にしつこく進言され、その重い腰を上げます。
    まぁ、龐統に言わせたら「アンさん、益州とったら荊州を孫権に返すと言うとりましたがな。今がチャンスなんとちゃいまっか?」となりますわねw

    実はこの益州。
    当時の中国では最先端のある技術を持っていた事が最近わかりました。
    それは「製鉄技術」。
    材木や青銅のボロい武器や防具ではなく、鉄を使った軍備が可能な場所だったんです。
    その技術は、現代の製鉄方法と全く同じ方法だったようなんですね。
    いやー、すごい!

    まぁ、そんなこんなで劉備は、関羽や張飛、趙雲など主力は荊州に残し、黄忠や魏延ら「中途採用組」と共に益州へ向かいます。

    しかし、益州では劉備の受入れを反対する声も強く、劉備の旅路は難航します。

    とりあえず、益州の首都・成都へやってきた劉備軍は、劉璋から熱烈な歓迎を受けます。
    歓迎会が開催された際、龐統と魏延は酔っぱらった劉璋を暗殺すべく画策しますが、それは劉備に見破られ抑えられます。
    ただ、劉備はすでに腹を決めていて、「強引な侵略は恨みを買う。それより人民の信服を得るように動きなさい」と龐統を諌める発言までしています。

    まぁ、諸葛亮の受け売りかもわかりませんが、益州を攻略する事は真剣に考えていたようですw

    そんな中、張魯が不穏な動きを見せているとのことで、さっそく劉備は討伐に向かいます。
    駐屯先でも人心の信服を得るため奔走する劉備。
    すると、「曹操が孫権を攻めている」との報が入り、劉備は「孫権を助けに行く」と見せかけ、成都へ向け兵を動かしたんですね。

    益州平定戦が開始されます。

    しかし、益州兵の抵抗が激しく、攻略がうまく進みません。
    しかも龐統が戦死してしまいます。
    これには、荊州にいた主力部隊も動かざるを得ません。
    関羽に荊州を任せ、諸葛亮、張飛、趙雲らが成都へ向け急行します。

    総力戦と化した益州平定戦。
    それでも1年以上が過ぎても決着がつかず、状況は泥沼化します。

    そこへ劉備軍に救世主がさっそうと現れます。
    先の戦で曹操に破れた馬超です。

    曹操へ反逆の軍を起こした馬超は、賈詡の計略により破れ、行き場を失ったのです。
    そこへ、たまたま近くにいた劉備を頼るべく南下していたわけです。

    「西涼の錦・馬超が劉備軍についた」と聞いた益州軍はビビりあがり、ついに降伏します。

    さて、ついに劉備は益州を平定することに成功しました。
    …が、直後にまさかの事態が起きます。

    それはまた、次回で。

    三国志を語る20

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      やっほぉ!
      団長です。

      『赤壁の戦い』は孫権軍の大勝利で幕を閉じました。
      その要因として徹底した情報戦略があります。

      『演義』では、まるで諸葛亮が暗躍し、孫権軍がそれに従ったような記載になってますが、ぶっちゃけ諸葛亮をはじめ劉備軍は何も関わっていません。

      さて、孫権軍からフクロにされ命からがら逃げた曹操ですが…本拠地の許昌へ退却するには、劉備が支配する江稜を通る必要があります。

      曹操にトドメを刺すまたとないチャンスです。

      が!

      劉備軍は3ヶ所へ軍を置き、曹操が通過するのを待ちます。

      曹操は趙雲、張飛、関羽がそれぞれ待つ道を通りますが、この絶体絶命の状況を切り抜け許昌への生還を果たします。

      ん〜…。

      これですねぇ。

      『絶体絶命の曹操にトドメを刺す』事が目的だったんスかねぇ?

      逆じゃなかったんスかねぇ?

      劉備は絶体絶命の曹操を護衛するために軍を配置した…ならば、すんなり納得なんですわw

      『演義』では、曹操を捕り逃した関羽を処刑するだの、『曹操への借りを返す』だの、『私は関羽が曹操を逃がす事はわかってましたが…何か?』と諸葛亮がほざいてみたり、茶番が展開されますがねw

      まぁ、とにかく曹操は本拠地の許昌で再起するため内政に励む事になります。

      そして、劉備軍の行動に疑問符がついた孫権は劉備に刺客を送ります。

      妹の孫尚香です。

      『弓腰姫』とも呼ばれ、薙刀の名人でもあったと言われます。

      そんな孫尚香と劉備に婚姻関係を結ばせます…が、孫尚香は自分の部屋の入り口に監視を置いて誰一人として近寄らせなかったと言います。

      ゲーム等では『ラブラブなカップル』として描かれていますが、やはりフィクションで、実際は陣内智則と藤原紀香のような『夫婦関係』がなかった婚姻だったようです。
      つか、スパイですからw

      まぁ、孫権に言わせたら『助けてくれ』と言う割には援護が必要な状況ではなかったし、ボロボロの曹操は取り逃がすし、完璧に怪しい奴らですわねw

      ま、それでも孫尚香を送り込んだ事で、荊州南部の管理については孫権に帰順したような形→劉備軍は孫権の支配下にある…そんな格好になっているため、孫権と周瑜は次の行動に移ります。

      それまで『内政の安定』に重点を置いていた孫権は、『益州を攻略』する事で領土の拡大を試みます。

      そこで、周瑜とホウ統を監視役として、劉備軍へ益州を攻めるよう持ちかけるワケです。

      続きはまた!

      三国志を語る19

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        おいっす!
        団長です。

        いよいよ曹操vs孫権(と、劉備)の戦いが幕を上げます。

        この『赤壁の戦い』は、三国志の中でも一番の見どころになります。
        映画『レッドクリフ』も、この赤壁の戦いがテーマなんです。

        さて、曹操は勢いに乗って呉を制圧すべく『陸口』へ布陣します。

        これまでの曹操の戦いは『陸上戦』でしたが、今回は長江を挟み対峙する形となりますので水上戦となります。

        そこで曹操は荊州の水軍を長江へ配置し、慣れない水上戦を有利にすすめようとします。

        しかしながら、曹操軍は船酔いで体調を崩し、さらに疫病にかかってしまう…という最悪のコンディション。
        なんとかならないものか…と、地元の学者へ相談します。

        その学者こそ『鳳雛』ことホウ統。
        実はこのホウ統、孫権軍の回し者だったりします。

        ホウ統は曹操へ小船を鎖でつなぎ、水上の要塞を作るよう提言します。
        船酔いを抑え、得意の陸上戦が発揮できる環境が作れる事に曹操は喜び、さっそく船を鎖でつなぎます。

        更に呉へ送ったスパイから『黄蓋』から寝返りの約束を取り付けた…と連絡がはいります。

        ところが、これは呉の総督周瑜の策略です。
        いきなり黄蓋を百叩きの刑に処し、黄蓋が呉に恨みを持ったようにスパイへ見せかけたんですね。

        これを『苦肉の策』と言います。

        この苦肉の策により、黄蓋は燃料たっぷりの枯れ草を積んだ船で曹操の船へむかいます。

        さらに、周瑜は元荊州水軍指揮官・蔡冒が曹操を裏切る密約を呉と交わしたような偽情報をスパイにつかませます。

        これで曹操の水軍指揮官・蔡冒は処刑され、水軍の指揮系統を失います。

        それにしても、この徹底した情報戦略は脱帽に値します。
        こりゃ〜周瑜に天晴れですな。

        そしていよいよ、黄蓋が曹操軍へ突撃します。
        もちろん、ただ闇雲に突っ込むのではなく、南からの風に変わったタイミングで勢い良い突っ込むのです。

        黄蓋は船に火をつけ、曹操軍の『水上要塞』へ突っ込みます。
        南からの風に煽られ、水上要塞は大火災となります。

        曹操は大打撃を喰らったうえに呉の追撃を受け、数人の部下と共に命からがら逃げだします。

        呉軍の大勝利です。

        え?
        劉備?
        諸葛亮は?ってですか?

        ええ、何もしてません。

        『演義』では諸葛亮が祈祷し、南風を呼び起こした…とかありますが、あくまで『演義』での話です。

        まぁ、これから劉備軍が登場しますがw

        三国志を語る18

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          ど〜も〜。
          団長です。

          曹操軍の追撃を逃れた劉備は、なんとか江稜へ逃げきれます。
          …が、軍も経済もボロボロで、曹操の攻撃を再度喰らうと太刀打ちできない状況。

          そこで劉備と諸葛亮は、孫権と同盟を組んで曹操に対抗する策を取ります。

          孫権は兄・孫策の死以降、国力の回復を最重要課題とし、力を蓄えてきました。
          まぁ、『攻め』の孫策、『守り』の孫権と評される程、孫権は内政の統括については抜群の能力を持っていたようです。

          とはいえ、軍備に関しては総督・周瑜以下、黄蓋、甘寧、凌統、太史慈等猛将が在籍し、また最強の水軍も保有しています。

          そんな孫権を動かすべく、諸葛亮は単身で呉を訪れます。

          その頃、呉では曹操の脅威が話題になってました。

          文官は『降伏し国の安泰を保持すること』を主張します。
          一方、武官は『徹底抗戦』を主張し、意見が真っ二つになっていました。

          そこへ『劉備の使者』として諸葛亮が登場します。

          諸葛亮の目的を察知した文官たちは、孫権への接見を前に諸葛亮を面接します。

          まぁ、ネガティブ思考のお花畑連中が、死に物狂いで説得に来たエリートを論破できるはずもなく、結果、呉の文官たちは諸葛亮に言いくるめられます。

          そこへ総督・周瑜が登場。
          ネガティブ文官を一喝します。

          『演義』では弱気の孫権を諸葛亮が動かしたような記載になってますが、元々孫権はやる気満々で、曹操対策として北方に軍備を進めていた…とも言われてます。

          まぁ、荊州が曹操の指揮下に入ったことで、警戒を強めるのは当然ですし。
          てか負け続きの軍に所属するぺーぺーを相手にするワケもなくw

          まして、当時の風潮の中で、自分の親分に『降伏』を主張することは自殺行為ですからね。

          大方、『曹操にやっつけられて困ってます、助けて下さい』→『おぅ、わかった』みたいなやり取りだったのでは…と。

          それにしても、とうとう孫権まで劉備に関わってしまい、曹操と対峙することになりました。

          思えば、劉備が江稜へ退避した際に曹操が追撃した…となってますが、もしかしたら『劉備に道案内させ、後ろからついてきただけ』だったりしてw

          でないと、長坂で兵を引いたり、ボロボロの劉備軍にトドメを刺さなかったり…やはり曹操の行動に不審な点があります。

          『やるなら徹底的に叩く曹操』が、そんな中途半端な戦略をとるのか、と。

          やはり『工作員劉備』は稼働中だったのかも…ですねw

          三国志を語る17

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            まいど!
            団長です。

            ついに荊州北部が曹操の支配下に置かれてしまいました。

            この頃、曹操は中国北西部の『涼州』で反乱を起こした馬超、韓遂らを退け、中国北部を統一するんですね。

            あとは孫権が守る東南の『呉』、荊州、益州だけですからね。
            それまでの中国の歴史では『北を制したら全土統一は確定的』とされてます。

            さて、そんなイケイケの曹操。

            あっさり降伏した劉宗と母親を処刑します。
            我が身の保身を目的に降伏した行為が、曹操の逆鱗に触れたから…です。

            まぁ、強引な相続の果てに、保身の無血開城ですからね。
            そんな危険分子は処刑しかないですな。

            一方、劉備軍団は劉埼と共に荊州南部の江稜へ向かいますが、『曹操の支配下』に入る事を嫌がった住民まで、劉備軍団についていきます。

            それで劉備軍の進行が非常に遅くなります。

            曹操は追撃を諸将へ命じ、『長坂(ちょうはん)』付近でついに追いつかれます。

            まぁ、既に用無しの工作員もついでに処分してしまえ…って思いもあったかも…ですねw
            あくまで推測ですがw

            すると、ここで劉備軍が誇る2人の武将が活躍します。

            先ずは趙雲。
            曹操軍に追いつかれた一般人の中に劉備の妻子もいました。
            それに気が付いた趙雲は、単身で曹操軍がいる最後方へ戻ります。

            それを見た劉備軍諸将は『趙雲が寝返った』と騒ぎ出します。
            しかし、それを聞いた劉備は『趙雲はそんな奴じゃない!』と怒ります。

            趙雲は曹操軍の中を命がけで突破し、劉備の妻子を救います。
            が、劉備の妻『甘夫人』は、自分がいると退避の足手まといになると言い、井戸へ身を投げてしまいます。
            趙雲は劉備の子供『阿斗』(のちの『劉禅』)を救出し、劉備のもとへ帰還するのです。

            その様子を伝え聞いた劉備は、趙雲を『奴は全身が肝だな』と讃えます。

            そして、もう1人は、猛将張飛です。
            追いすがる曹操軍に対し、殿軍をつとめます。
            橋に立ちふさがり、『我こそは燕人張飛!命が惜しくない奴はかかってこい!』と怒号を発します。
            曹操軍は張飛の怒号にビビって追撃を止める…と、いうのが『演義』での話。

            張飛は小説やゲームで『猛将』として描かれますが…張飛の見せ場はこの『長坂の戦い』だけなんです。

            しかも、曹操軍が追撃を止めたのは、『伏兵』の可能性を恐れたためで、張飛云々は無かったみたいですがw

            とりあえず2人の活躍で劉備軍は江稜にたどり着きます。

            三国志を語る16

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              はい。
              団長です。

              劉備のもとに諸葛亮が参じた事で、劉備は来る日も来る日も諸葛亮に教えを乞います。

              しかし、それまでついてきた関羽、張飛は面白くありません。
              そりゃあ、新卒のぺーぺーが偉そうに社長とべったりですからね。
              立て社会の軍人としては面白いはずがないですよね。
              これで僅かながら劉備軍団にヒビが入ります。

              この事は随分後まで尾を引き、とんだ大事件に発展することを誰も知り得ません。

              さて、そんな中、またもや曹操軍が荊州を攻めてきます。
              劉表は再び劉備軍へ出撃を命じます。

              諸葛亮のデビュー戦ですが、開戦にあたり諸将と諸葛亮が少しモメます。

              『軍師は戦場には出ない』

              劉備まで1軍を率い戦場へ出ると言うのに、諸葛亮は城内に留まり戦況を見守ると言うのです。

              またもや関羽、張飛がぶつくさ言い始めますが、劉備がその場を抑えます。

              『武がない私が戦場に出ても、皆さんのご迷惑となります』…と、諸葛亮は言いますが。

              確かにそうですし、初っぱなのイメージ作りや軍全体の状況を見る事が重要なのもわかります。

              結果的に諸葛亮の策があたり、曹操軍を撃退します。

              が、後々の事を考えると、他のやり方を取るべきだったのでは?と、思いますね。
              せめて劉備と共に出陣するとかですね。

              ま、大卒のイキがったエリート兄ちゃんがやりがちな行動ですし。

              まぁまぁ、結果オーライで。

              しかし、ホッとしたのも束の間、次は荊州で事件が起こります。

              劉表が病死。

              これで、劉表の異母兄弟が相続争いを始めます。

              長男の劉埼と次男の劉宗です。

              劉備は劉埼側につきますが、劉宗には叔父で水軍指揮官の蔡冒がついています。
              モメるだけモメ、限りなくクーデターに近い『力業』で劉宗が荊州を相続します。

              ちなみに、諸葛亮は『曹操へ降伏するつもりの劉宗を討ち、荊州を支配下におくべき』と劉備へ進言しましたが『ばか!同族を討てるか!』と斥けます。

              え?
              『同族』?
              いやいや…w
              『曹操の工作員』たる発言ですな…。
              ナンボ同じ『劉』姓だからって…w
              じゃあ、世の中の鈴木さんや田中さんもみんな親戚かい?
              違うでしょ?w

              すると、やっぱり『今がチャン〜ス!』とばかり、曹操が荊州へ総攻撃を仕掛けてきました。

              しかし、劉宗は我が身の保身から、あっさり曹操へ降伏します。

              ドキドキの続きはまたw

              三国志を語る15

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                はい!だんちょ〜ですw

                いよいよ中盤に入ります。

                荊州の劉表のもとで客将として居候する劉備一行。
                劉備は水鏡という学者と出会い、教えを乞います。

                その中で水鏡は、劉備には関羽、張飛、趙雲という猛将はいるが、戦略的に軍をまとめる『軍師』がいない事を指摘します。

                確かに、曹操には荀イク、程イクがおり、孫権には孫策の義兄弟、周瑜がいます。
                南の劉璋にも張松や法正などの文官がいます。

                なるほど、と劉備は『軍師』のスカウトを開始します。
                1位指名は、水鏡から推薦された『鳳雛』、『臥龍』と呼ばれる学者。

                そんな中、劉備は勘違いから『単福』と名乗る学者と出会い、そのまま軍師として採用します。
                『単福』は本名を徐庶と言います。

                すると、間もなく曹操が荊州へ攻め入ってきます。

                劉表の命で劉備は曹操軍を迎撃し、軍師徐庶の策もあり、見事勝利します。

                …ところが、徐庶は曹操の軍師程イクの計略により、曹操軍に帰順します。

                徐庶は去り間際に、『臥龍』とは諸葛亮の事だ、と劉備へ伝えます。
                さぁ、ここから劉備の猛スカウトが始まります。

                諸葛亮の住む庵を訪ねますが、留守、留守…。
                3回目の訪問にして、やっと面会が叶います。
                これを『三顧の礼』と言います。
                有能な人を雇いたい時に、地位が高い人が直々に礼を尽くす事ですな。

                これで諸葛亮は劉備の参謀として立ち上がります。

                その際、諸葛亮は劉備へ『天下三分の計』を披露します。
                河北の曹操、江南の孫権、そして劉璋に代わり劉備が荊州、益州を治める事で天下を三分し、力を蓄えて曹操を倒す事で天下を取る…と言うもの。

                まぁ、それまでの劉備は地盤がなく客将軍団として活動していましたからねぇ。

                てか、劉備の大義名分は『弱体化した漢王室の再興』ですから、この『天下三分の計』は劉備のポリシーに反する部分もあるような…w

                そういや、呂布は処刑の際に劉備を激しく罵って果てました。
                『裏切りばかりで本当に信用ならないのは劉備じゃないか!』と。
                こんな事をなんの根拠もなく言うものか?…と。

                『演義』でも『正史』でも劉備が誰かを裏切るような記述はありませんが、劉備が『曹操の工作員』と言う見方をすれば、こんな事を言われても不思議ではない…と。

                そんなヤカラが天下取りを目指す事になりますが…。

                さぁ、これから例に漏れず再び曹操が荊州を攻めますよぉw

                三国志を語る14

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                  あいよ…団長です。

                  さて、劉備とその一行は荊州の劉表を頼りに南下します。

                  この頃の荊州はインチキ皇帝袁術からの攻撃があったものの、『中立的立場』を貫いていたことから、ほとんど戦争がなく平和な地域でありました。

                  その為、国中の学者などが移住してくるような人気スポットだったんですね。

                  劉備とその一行も、荊州の地で一時の平和を堪能します。

                  あまりに平和すぎて劉備は『腿肉の嘆』という贅沢なグチを漏らします。
                  要は、戦争がなく馬に乗らないので、太腿に肉がついてもたじゃないか…とw

                  さて、曹操についても色々と整理しておきましょう。

                  時期が前後するかもですが、笑って許して下さいなw

                  『曹操暗殺計画』でもチラッと名前が出た馬騰との関係。

                  あの連名状に名前があったと紹介しましたが、実は『演義』での記述だったりします。

                  馬騰が朝廷に出仕していたのは事実なんですが、暗殺計画ではなくキョウドと言われるモンゴル人と組んで曹操を攻めようとしたのが、暗殺計画に加担したのとごっちゃになったようです。

                  まぁ、キョウドの攻撃は、曹操が馬騰以下、涼州の軍に撃退を指示した事で鎮圧されますが…ねw

                  結局は馬超、韓遂、ホウ徳らが曹操へ反乱を起こした事で馬騰は息子の馬鉄、馬休らと共に処刑されます。

                  ぁ。

                  涼州と曹操つながりで。

                  光栄ゲーム『三國無双6』で新規登場し、色んな意味で人気を博しているあの人について。

                  あの人とは『蔡文姫』です。

                  恐らく、三国志の中で一番の悲劇を経験する女性でしょう。

                  蔡文姫の父・蔡エンは、あの董卓が実権を握った頃に朝廷へ出仕します。
                  しかし、董卓討伐時に蔡エンは斬られ亡くなります。

                  その後、董卓も討たれ都が混乱すると、蔡文姫は皇帝劉協を長安から脱出させるべく尽力します…が、その後混乱に乗じ攻め入ったキョウドによって拉致され、キョウドの王劉豹の妻となります。
                  キョウドでの生活はVIP扱いで、2人の子供が授かり幸せな生活を送っていたようなんですが…曹操がキョウドへ攻め入り、蔡文姫は拉致同然に曹操に連れ去られます。

                  曹操にしてみたら、拉致被害者を奪回したヒーロー気取りでしょうが、蔡文姫に言わせたら、VIP待遇の幸せな生活は無くなるわ、子供たちには2度と会えないわ…。

                  しかも戦争が絶えない混沌とした場所へ引き戻されたんですから。

                  散々でさぁね。

                  いやぁ、悲劇です。

                  てなわけで、また。

                  三国志を語る13

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                    はい。
                    団長です。

                    ついに曹操は袁紹を倒し、中国北部の河北を制覇しました。

                    さて、この『官渡の戦い』のさなか、ある事件が起こります。

                    呉の小覇王・孫策の死。

                    孫策の死について『演義』では…仙人于吉が領内で人々への施しを行ったことを孫策が詰問し、『領主への反逆者』として斬り捨てたところ、呪われて狂死した…とあるんですがね。

                    正史では…『官渡の戦い』で曹操の拠点・許昌の防備が薄くなったところを攻めようとして、曹操により暗殺された…となっています。

                    実際、インチキ皇帝袁術のもとを離れ、故郷に戻った孫策は、国力をつける事に専念します。

                    そこそこ力がつけば、実力を試したくなるもの…ですが、選んだ相手が悪かったですね。

                    そして呉の跡を継いだのは、孫策の弟・孫権です。
                    いよいよ登場です。

                    一方、袁紹軍にいた劉備ですが。
                    『官渡の戦い』以降、今度は南下し荊州の劉表のもとへ移動します。

                    その旅路で関羽、張飛、妻子…あと趙雲まで合流します。

                    『演義』では、『官渡の戦い』で、曹操軍にいた関羽が顔良、文醜を破った際、劉備の存在を知り、その後、劉備のもとへ駆けつけ、張飛、趙雲も奇跡の合流を果たす…などとありますが、ね。

                    関羽は劉備と再会するため、曹操の領土内で関所破りをするんですよ。

                    張飛も『(劉備と別れてから)山賊をしてました』ですもんね。
                    しかも、唐突に趙雲まで登場。

                    因みに趙雲は、元々『公孫サン』という武将の配下にいたんですね。
                    しかし、公孫サンは袁紹に攻められ滅ぼされます。
                    劉備も黄巾討伐の時に公孫サンの配下にいまして、その時に劉備と趙雲は知り合います。

                    まぁ、袁紹の配下になるくらいなら、劉備の子分になったが良いですよねw
                    同郷ですし。

                    てか、ゲームの三国志だと、開始からまもなく趙雲は袁紹の配下になっちまうんですがねw

                    話を戻して…
                    劉備はどうして荊州へ向かったのでしょうか?
                    またもや推測ですが…
                    劉備は曹操からの次の密命を受けて荊州へ向かったのではないか…と。

                    とにかく、劉備があるところに必ず曹操が攻め込んでますが、劉備は必ず生き残ってます。

                    『劉備は曹操の工作員』という事であれば、脈絡のない劉備のフラフラした行動、そしてピンポイントに攻め込んでくる曹操の動きに納得がいくんですがねぇ。

                    結局、推測の域を出ないのですがw

                    さぁ、いよいよ中盤にさしかかりますよ?
                    覚悟は良いですか?w

                    三国志を語る12

                    0
                      どもv
                      団長ッスよw

                      袁紹の配下となった劉備。
                      袁紹はこのタイミングで曹操攻略を開始します。

                      いわゆる『官渡の戦い』です。

                      この時、袁紹の下には荀攸、田豊など優れた軍師がいたんですがね。

                      まぁ、陳宮、呂布のクーデターや暗殺計画対応でドタバタの曹操を攻めるのは、誰でも思いつく話。

                      …でもですね。

                      よ〜く考えてみると、例の曹操暗殺計画をチクったのが劉備だ…と仮定すると、どうも曹操と劉備の間で密略があったのでは?と考えざるを得ないんスよねぇ。

                      わざと劉備が袁紹の配下に入り、攻撃するよう仕向け…そこで待ち構える曹操が叩くみたいな…ですねw

                      まぁ、やはり推測なんですがねw

                      さて、曹操にケンカを売った袁紹。
                      またもやダメ大将っぷりを発揮します。

                      この袁紹。
                      元々『名門』と言われる袁家の子孫。
                      まぁ、ボンボンなんスわ。
                      しかも、自分以外の者を全て見下し、かつ他人の意見を聞かないというタチの悪いタイプっスね。

                      実は、前出の軍師田豊。
                      曹操が徐州を攻めたタイミングでの許昌侵攻を袁紹へ提言しますが、『子供の病気』を理由に却下されます。

                      それでもなんとか腰を上げた袁紹。

                      曹操も迎撃するのに兵糧の問題をかかえていた事を見抜き、『籠城戦』を袁紹に提言しますが、またも却下されます。

                      袁紹軍は猪武者のごとく、無謀な攻撃に出ます。
                      しかも、軍師田豊を投獄するというオマケ付き。

                      この無謀な策で袁紹は、猛将顔良を失います。

                      袁紹軍に重い空気が立ち込める中、更に猛将文醜まで戦死させます。

                      そんな時、『ダメだ、こいつ』と袁紹に見切りをつけ、曹操軍に走る者が出ます。

                      軍師荀攸です。

                      荀攸が曹操軍に参じると、田豊の読み通り兵糧に悩む曹操がいたとか。

                      荀攸は『手土産』とばかり、曹操へ袁紹軍の兵糧庫の場所を教えます。

                      猛将2人と名軍師1人。
                      更に兵糧庫まで失った袁紹は惨敗を喫します。

                      負けた袁紹は、『あンにゃろぉ、ヘソで茶が沸くほど笑ってんやろのぉ』…とばかり、投獄していた田豊に言いがかりをつけ処刑します。

                      かわいそうに…田豊。

                      その後、袁紹は病死します。
                      曹操も河北を制覇すべく軍を出します。

                      ところが、意外と袁尚、袁譚ら袁紹の息子たちが一丸となり奮戦し、曹操をてこずらせます。

                      まぁ、奮戦虚しく敗れますが。

                      最後の最後で『袁家』の意地を見せられたのは、先祖たちへの救いですかねw

                      わーねばやらねば!
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